本日は備前屋ホームページにお越し頂き、誠にありがとうございます。
さて、それではこれからご挨拶代わりに、ごく簡単ではございますが、「備前屋の名の由来と伝馬宿との関わり」について、少しご説明させて頂きたいと思います。
私が商売の事で人に一番よく訪ねられますことは「備前屋さん、お宅のご先
祖は岡山から来られたのですか?」という質問です。
備前屋と言う屋号から連想されるごく当たり前の質問だと思いますが、いく
らルーツを調べても岡山と関係ある事柄は何も出てまいりません。何か岡崎に備
前という文字で関係ある事柄はないだろうかと調べていく内に岡崎城の外囲いの
建物に「備前郭(曲輪)」という名称がついているのを知リました。
この「備前郭」は「伊那備前守忠次」という方の名前を顕彰してつけたものと
思われます。伊那備前守は慶長五年、岡崎の域主であった田中吉政が九州の柳川
に五十二万石の大々名として転封された後に徳川家康の命を安け派遣された代官
で、家康が関東八ヶ国へ移封後、豊臣秀吉の意を奉じた田中吉政が岡崎における
家康の足跡を消すために行なった、苛斂誅求とも言える施策(徳川家ゆかりの神
社仏閣の移転取り壊し、所領安堵の破壊等)を改める為に赴任してきた人物です
。
忠次は書政によつて取り上げられたこれら旧領の安堵等、人心を安定させ旧
状に回復させたので、吉政の施策に苦しんだ領民にとっては、正に「地獄で仏」
とも思われた訳で「備前郭」の呼び名もその表われと見ることができます。
この「備前郭」は岡崎城の他の城郭「浄瑠璃郭」「菅生郭」「稗田郭」等と
共に明治六年の域取り壊し令により壊されるまで存在しました。私の店の屋号も
天明二年(一七八二)に初代が菓子屋を始めたおり、上記の「伊東備前守」「備
前郭」より引用して付けたのではないか?と想像したりしております。
備前屋にとりまして、歴史ある岡崎の町は大変関わりの大きい存在です。現
在販売している菓子の中で一番古くから伝わっている菓子として寛政十二年発売
とされている「きさらぎ」があります。この素朴な菓子は三河地方で昔から各戸
で作られていた「おへぎ」をベースにして創作した銘菓です。
又、「あわ雪」は三河地方では唯一全国的に名前を知られている菓子であり
ます。この菓子の由来は、東海道名物あわ雪茶屋の「あわ雪豆腐」が無くなるの
を惜しんだ当舗の三代目・藤右衛門が明治初年に創作した菓子と言われておりま
す。あわ雪に留まらず、その他にも岡崎の歴史を意識して命名した銘菓が備前屋
には数多くあります。
当舗では初代から三代までが藤右衛門、後六代までが勝次郎となっており、
以降は通常の名前になり私で八代目となります。文政年間の家並みの図では備前
屋は間口五間と記されておりますが、私が子供の時には店の間口が三間程しかあ
りませんでした。五代目の時に家運が傾き隣の漢方薬の大黒屋さんに頼んで買っ
てもらったという事で、このような話は伝馬の歴史を調べていく内に随所に見ら
れ、改めて歴史の流れの激しさを感じ取りました。
ここに掲載した備前屋の写真は私の祖父六代・勝次郎)が店舗を改装したと
きの記念写真だと聞いております。私の母は明治四十二年の生まれですが、写真
を撮ったときはまだ乳飲み子で家の中で寝かされてったと聞いておりますから明
治末期の写真のはずです。隣に写っている家は昔、脇本陣であった旅館の「鍵屋
」さんです。
写真の真ん中でカンカン帽を被っている若い人が私の祖父です。五人の小僧
さんは「厚司」と呼はれる「お仕着せ(ユニホーム)」を着ており、彼らは小学
校が終わるとすぐ奉公に出されました。在所に帰る事が出来るのは盆と暮れの二
回であり、当時の給料は小遣いだけで、徴兵検査が済んでから一年、御礼奉公を
して初めて給金がもらえることになります。
自転車が二台置いてありますが自転車が転ばないようにするスタンドが無く
、倒れないように格子状の物に前輪を突っ込んでいるのが目を引きます。
看板に電話番号が右から横書きに書いてありますが、現在でも番号は同じで
す。店舗の屋根には「きさらぎ」「あわ雪」「是の字饅頭」の看板が掲げられて
いますが、「きさらぎ」には「発明元祖」、「あわ雪」には「滋養名菓」の文字
が添えられ、その書体と共に時代を感じさせる表現です。
饅頭の名前になっている「是」の文字は、−家康の祖父で尾張まで版図を広
げ、若くして戦没した清衆が夢の中で見た「是」の字を「日の下の人、即ち天下
人」として子孫に家康が生まれると清康の菩提寺「竜海院」の開祖、模外和尚が
予言したというお話をモチーフにしたものです。
このように伝馬に生まれ、伝馬で代々商売をしている私どもにとって歴史の
町岡崎は大変な味方という訳であります。この町そしてその歴史は私どもの誇り
であり、その恩恵は計りしれません。
多くの人々に好まれ、愛されるお菓子は郷土との関わりなくしては生まれてはまいりません。これからも幣補はこの土地の歴史を感じさせる、豊かで味わいのあるお菓子を作り続けてまいりたいと思っております。
(備前屋八代目:中野敏雄)
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